机上の空論ではないか?交通事故の被害者側を専門とする実務家の弁護士からみた最高裁令和4年7月14日第一小法廷判決 その3
交通事故の被害者側の事件を対応している千葉の弁護士の大薄です。
前回・前々回の続きです。
前回までに、労災保険からの請求に応じて支払った金額(約80万円)を被害者からの請求で控除することは、被害者と労災保険の請求が競合した場合に、被害者の請求が優先するとした平成30年最判の趣旨に合致しない運用ではないかとの問題意識をお伝えしました。
それでは、このような自賠責保険の運用に対して、どのように対応したのでしょうか。
当然、このように難しい法律問題は、当事者間の話し合いで解決できるようなものではないですから、訴訟による解決を図ることとなります。
具体的には、「労災保険へ約80万円を支払ったことは考慮すべきではなく、被害者に自賠責保険金の支払上限である120万円が支払われるべきである」という主張を平成30年最判を活用して法律構成した上で、自賠責保険に対して、請求を実施しました。
しかしながら、当該訴訟を提起した後に、今回のケースとまさに同じ事案に対する最高裁判所の判決がなされました。具体的お伝えすると、最高裁判所令和4年7月14日民集第76巻5号1205頁(以下「令和4年最判」といいます。)は、労災保険からの請求に応じた自賠責保険の支払いは有効な弁済(支払い)であるから、自賠責保険は被害者に対して労災保険へ支払った部分を控除して支払いを実施すれば足りると判断しました。
もっとも、被害者と労災保険との関係において、請求権が競合した場合に被害者保護の観点から被害者の請求が優先すると判断した平成30年最判の存在を意識したのか、本来、自賠責保険から優先的に支払いを受けられるべき部分を被害者が労災保険(国)に対して、不当利得として返還請求できることも令和4年最判にはあわせて示唆されました。
今回のケースにあてはめてみると、自賠責保険から労災保険に対する約80万円の支払いは有効であり、被害者は自賠責保険に対して約80万円の請求をすることはできないが、労災保険に対して、不当利得として約80万円を請求することはできることとなります。
このような令和4年最判を受けて、今回のケースも自賠責保険に対する訴訟は取下げとして、労災保険(国)に対して約80万円の支払いを求めて交渉することとなりました。
令和4年最判の判決内容からすれば、労災保険(国)は、被害者に対して、約80万円を支払った上で、本件もですが、被害者の損害額が自賠責保険の上限である120万円を超えるケースであれば、被害者とともに、加害者に対する請求を実施すれば足りるといえます。
しかしながら、机の上では、上記のような簡単な対応で済むようにも思いますが、実務の現場では、机の上で想定されるほど、簡単に事は進みませんでした。
長くなりましたので、続きは次回といたします。