机上の空論ではないか?交通事故の被害者側を専門とする実務家の弁護士からみた最高裁令和4年7月14日第一小法廷判決 その2
千葉を中心に交通事故の被害者救済を専門とする弁護士の大薄です。
前回の続きです。
自賠責保険の傷害部分の支払上限は120万円ですが、自賠責保険が先に請求のあった労災保険に約80万円を支払った結果、被害者に支払われた自賠責保険金は約40万円でした。
果たしてこのような自賠責保険の運用は適切なのでしょうか。
問題意識としては、被害者側が自賠責保険から120万円の支払いを受けられることを見込んでいたにもかかわらず、40万円の支払いしか受けられなかったという点です。
自賠責保険への請求の手続は、加害者との賠償交渉と異なり、迅速に補償を受けられることが多く、自賠責保険からの補償を受けることは、被害者救済にとって非常に重要です。
特に、今回ケースのように、加害者が被害者の受傷結果と事故との因果関係を否定している場合は、加害者との賠償交渉がスムーズに進むとは考えにくく、重要性が増します。
話を戻します。
それでは、労災保険へ支払済であることを理由に、労災保険に支払った金額を被害者からの請求において控除した自賠責保険の運用は適切だったのでしょうか。
この点、交通事故の被害者と労災保険のいずれが自賠責保険への優先権を有するかにつき、最高裁判所平成30年9月27日民集第72巻4号432頁(以下「平成30年最判」といいます。)は、自賠責保険に対する被害者の請求権と労災保険の請求権が「競合した場合」について、被害者保護の観点から、被害者の請求権が優先すると判断しています。
競合とは、要するに、被害者からの請求権と労災保険からの請求権が同時に自賠責保険に行使された場合(いずれかの請求に応じる前に、他の請求も来た場合)をいいます。
今回のケースは、競合ではなく、労災保険からの請求に自賠責保険が応じた後に、被害者が自賠責保険に請求したものであるため、平成30年最判とは事情が少し異なりますが、平成30年最判の趣旨からすると、労災保険の請求に応じて支払った金額(約80万円)を被害者からの請求において控除した自賠責保険の運用は適切でないようにも思います。
さて、このような自賠責保険の運用に対して、どのように対応すれば良いのでしょうか。
長くなりましたので、続きは次回といたします。